
今週末に迫ったフォーミュラEのシーズン12最終戦。12年目の歴史がひとつの節目を迎えるなか、2014年の記念すべき初戦「北京E-Prix」からすべてのレースに参戦し続けてきた唯一のドライバーが、ついにそのキャリアに終止符を打とうとしている。

ルーカス・ディ・グラッシは2014/15シーズン、Audi Sport ABTから参戦した開幕戦「北京E-Prix」で勝利を収め、フォーミュラE史上初の勝者に輝いた。2016/17シーズンにはABT Schaeffler Audi Sportでドライバーズチャンピオンを獲得。その後多くの優勝を収め、2021/22シーズンはROKiT Venturi Racingで2度の優勝を果たし、翌シーズンに移籍したマヒンドラ・レーシングでも開幕戦で表彰台に上ったが、以降のシーズンは表彰台から遠ざかっていた。
2024/25シーズン、ディ・グラッシが所属するABTは、パワートレイン(PT)マニュファクチャラーとして日本のヤマハ発動機と契約。同時に英自動車メーカーのローラとも組み、「ローラ・ヤマハ・ABT」として参戦した。同シーズンのマイアミE-Prixでは2位を獲得し、ヤマハとローラにとって初となる表彰台を捧げた。

今シーズン、4月に今季限りでの引退を発表したディ・グラッシ。しかし、直後のモナコE-Prixでのポイント獲得を皮切りに3レース連続で入賞を果たすなど健在ぶりを示した。
迎えた第13戦上海E-Prix、19番グリッドからスタートすると、濡れた路面のコンディションを読み切った戦略で最終ラップで1位に浮上。そして自身にとって2022年以来、ヤマハとローラにとっては初となる優勝を飾った。42歳で迎えた最後のシーズンに、通算14勝目を挙げた。
キャリア通算153レース、1度のタイトルに14勝を含む42回の表彰台、4回のポールポジションを獲得。これまで1109ポイントを積み重ねてきた。
「区切りをつける時期が来た」
引退を決断した背景
12年間を過ごしたフォーミュラEとの別れを決断した背景について、ディ・グラッシは「ほかの分野で知識を生かすべき時が来た」と明かしている。
「僕は今シーズンが終わる頃には42歳になりますし、35年以上もレースを続けてきました。ですから、そろそろ他のことをする時期、自分の専門知識を他の分野で活かす時期だと感じたんです。だからこそ、ドライバーを辞めて、ワクワクできる他のプロジェクトに集中するという決断を下しました」
「レースは僕が大好きなことであり、人生の大部分を捧げてきたものですから、決断するのは簡単ではありませんでした。ですが、人生のあらゆる段階において、どこかで区切りをつけなければならない時があります。独身の時期があり、結婚する時期があり、子供ができる時期があるように。どこかの会社で働き、会社から離れ別のことを始める時期があるように。人生にはさまざまなステージがあります」
「もうこれ以上夢はかなわない」
下した決断は、「ただ走るだけ」のためステアリングを握り続けるのではなく、若いドライバーらに道を譲り、自身の知見を活かすためにあると語る。
「ドライバーとして、僕はやり切ったと感じる域に達しました。もうこれ以上自分の夢を叶えることはないだろうと分かっていますし、これまでのキャリアの中で達成できる限界までやり遂げました。ただ走り続けるためだけにドライバーであり続けるのは無意味です。若手や他のドライバーたちにチャンスを譲り、僕は自分の知見を別の分野で活かしていこうと思っています」
来期導入されるGen4マシンの開発には継続して参加し、積極的に実車テストも行うものの、引退後の具体的なプランはまだ決めていないことも明かした。
「(来季は)現時点ではまだはっきりと決まっていません。チームに残るかもしれないし、フォーミュラEに関わり続けるかもしれない、あるいは全く別のことをするかもしれません。今のところはまだ決めていませんが、焦ってはいません」
「何より重要なのは、自分がワクワクできるプロジェクトを見つけることです。毎朝目を覚まして、価値があり、重要な何かを構築していると実感できる仕事に向かって取り組む。それが僕のやりたいことです」
フォーミュラEの歴史とともに紡いできたディ・グラッシのキャリアは、15日・16日に開催されるロンドンE-Prixでついに幕を閉じる。
(文・インタビュー=矢野 巧)









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