
ABB FIA フォーミュラE世界選手権のレース運営において、フォーミュラEは系統電力や再生可能エネルギー証書、HVO、再生可能エネルギーで充電した蓄電池など、多様なエネルギー源を組み合わせることで、温室効果ガスの実質排出ゼロ(ネットゼロ)を達成している。
フォーミュラEのサステナビリティを率いるジュリア・パレ氏は、2026年東京E-Prixを前に「東京E-Prixでは、イベントの大部分をHVOで賄っている」と説明した。
HVOとは、廃食油などを原料として製造できる代替バイオ燃料である。その中でもHVOは、既存の電力網だけでは十分な電力を供給できないエリアにおいて、従来の化石由来ディーゼルに代わるクリーンなエネルギー供給手段として重要な役割を果たしている。
HVOはなぜ選ばれたのか
レースを開催するには、ピットやガレージ、放送設備、照明、ホスピタリティエリア、運営設備、マシンの充電など、会場のさまざまな場所で電力が必要になる。2025/26シーズンのカレンダーでは、17レース中14レースが常設サーキット外で開催された。東京E-Prixの会場となる東京ビッグサイト周辺もその一例であり、こうした場合、会場内のすべての設備を既存の電力網につなげられるとは限らない。
そこで必要になるのが、仮設の発電設備だ。従来はこうした場所ではディーゼル発電機を使うことが多かったが、フォーミュラEではその代替としてHVOを採用している。
HVO(Hydrotreated Vegetable Oil・水素化処理植物油)は、使用済みの食用油や動物性脂肪、作物生産から出る一部の廃棄物などを原料としてつくられる燃料で、化石由来のディーゼルに近い性質を持つ。
パレ氏は、HVOについて”第2世代のバイオ燃料”であり、使用済みの廃食油や動物性脂肪など廃棄物を原料としてつくられる燃料だと説明した。これはトウモロコシ、サトウキビ、大豆、菜種など、食料を原科とする第1世代のバイオ燃料に対し、HVOは廃棄物を原料とすることで食料供給との競合を抑えられるとされている。
さらに、既存のディーゼル発電機を大きく改造しなくても使えることも大きな特徴のひとつだ。設備をすべて新しくするのではなく、従来のディーゼル発電機にHVOを入れることができる「Drop-in Fuel」運用が可能なため、短期間で設営・撤去を繰り返すフォーミュラEのイベントにおいて導入されている。

数ある代替エネルギーの中からHVOを選んだ理由について、パレ氏は、既存の発電設備をそのまま利用できるという導入のしやすさを挙げており、機械を交換する必要がなく、HVOを持ち込んで発電機に入れれば電力をつくることができると説明した。
レースイベントでは、環境性能だけでなく、燃料や設備の輸送、設営、信頼性、運用のしやすさなども考慮する必要がある。HVOは既存設備を活用できることから、発電設備そのものを大きく変更せずに燃料を置き換える現実的な選択肢として導入されている。フォーミュラEがHVOを導入した当初はディーゼル燃料より約30%高価だったというが、現在も価格差は残るものの、需要の増加に伴って差は縮小していると説明している。
パレ副代表は、東京E-Prixではイベントの大部分がHVOによって運営されていると強調した。HVOは当初、主にレースカーの充電に必要な電力をつくる目的で使われていたが、現在では会場内のその他の設備にも使用範囲を広げているという。一方で、東京E-Prixの総エネルギー需要の何%がHVOだったのかについての具体的な割合やHVOの使用量までは示されなかった。これらの各大会ごとの詳細なエネルギー使用量については公表されておらず、外部から実際にどのくらいHVOが削減効果をもたらしたかは不明瞭である。
HVOを使えばCO₂はゼロになるのか
炭素の循環(ライフサイクル)の観点では、二酸化炭素(CO₂)の排出量が実質的に増加しない状態を指す「カーボンニュートラル」は資源の始まりから終わりまでを見据える上で重要な目標である。HVOの原料となる廃食油は植物由来で、植物が成長する過程で吸収したCO₂が油となり、その廃棄物を燃料として使用するため、新たに地中の化石炭素を大気中へ追加するのではなく、植物が一度吸収した炭素を再び大気中へ戻すというカーボンニュートラルの循環が実現する。また、動物性脂肪(廃脂)についても、元をたどれば家畜が摂取した植物に由来する。食肉加工の段階で食用にならず廃棄された部分を燃料として燃やし、CO₂を排出したとしても、これらはすべて植物が吸収したCO₂を大気に戻すサイクルの一部であり、カーボンニュートラルに限りなく近い。
しかし、実際のサイクルでは、廃棄物の収集や輸送に使用する車両の燃料、HVO製造工場を稼働させるための電力に加え、製造プロセスで使用する水素が化石燃料由来である場合もあるため、ライフサイクル全体でCO₂排出が完全にゼロになるわけではない。
フォーミュラEが強調しているのは、従来の化石由来ディーゼルと比較した際のライフサイクル全体における温室効果ガスの大幅な削減効果である。フォーミュラEは、HVOを使用することで、ディーゼル発電機を使用した場合と比較してCO₂排出量を最大90%削減できる可能性があるとしている。ただし、すべてのHVOが必ず同じ削減率になるという意味ではなく、原料や製造方法、輸送などによって実際の削減量は変化するため、HVOは「ゼロエミッション燃料」ではなく、従来のディーゼルを使わざるを得なかった場所で、排出量を大きく下げるための代替燃料と位置付けられる。
フォーミュラEが示しているのは、従来の化石由来ディーゼルと比較した場合のライフサイクル全体における温室効果ガス排出量の削減であり、パレ氏はHVOを使用することでディーゼル発電機を使用した場合と比較してCO₂排出量を最大80%削減できると説明した。
ただし、すべてのHVOが同じ削減率となるわけではなく、原料や製造方法、輸送などによって実際の削減量は変化するため、HVOは「ゼロエミッション燃料」ではなく、従来のディーゼルを使用していた場所でライフサイクル全体の温室効果ガス排出量を削減するための代替燃料として位置づけられる。
HVOの役割と課題 グリーンウォッシュへの懸念
フォーミュラEは、HVOの活用により、2024/25シーズンではレース運営に使用する電力を100%再生可能エネルギー由来とすることを達成したことを報告している。
しかし、原料の持続可能性、供給量、価格、輸送、実際のライフサイクル排出量など、検証すべき課題は山積している。将来的に再生可能エネルギーによる電力網が十分に整備されれば、わざわざ燃料を燃やして発電する必要性自体が減っていく可能性もある。その意味で、HVOは最終的なゴールというより、既存の設備を使いながら、化石燃料への依存を減らしていくための“橋渡し”の技術と捉えるのが自然だ。
フォーミュラEの取り組みのひとつに、未来の完全なシステムを待つのではなく、現在利用可能な技術を組み合わせながら、今できる削減を実直に進めているという点がある。電気自動車のレースでありながら燃料を使用するという一見矛盾した構図の背景には、同シリーズが向き合っているのがレースカー単体ではなく、イベント全体を支える巨大なエネルギーシステムであるという現実がある。
一方で、こうした先進的な取り組みにはネットゼロを巡る「グリーンウォッシュ(見せかけの環境対策)」への厳しい視線も向けられている。
パレ氏は、東京E-Prixにおいてイベント運営の大部分がHVOで賄われている点を強調した。当初は主にレースカーの充電用電力を生成するために導入されたHVOだが、現在では会場内の一般設備へとその使用範囲を広げているという。
しかし、東京大会における総エネルギー需要のうち、HVOが具体的に何パーセントを占めていたのか、その正確な使用量や割合までは明かされなかった。これら各大会ごとの詳細なエネルギーデータは一般に公表されておらず、外部の人間が実際のHVOによる削減効果を正確に検証することは極めて困難だ。
一連の報告資料はGHG Protocol(温室効果ガスプロトコル)と呼ばれる国際基準に基づいて作成され、第三者機関の認証も取得している。それにもかかわらず、こうした情報開示の限定性は、外部からグリーンウォッシュとの疑念を招くリスクを孕んでいる。
東京E-Prixで使われたHVOは、その移行を支える一つの現実的な手段であったと言える。完全なクリーンエネルギーへと至る道筋において、現在利用可能な技術で地道に取り組むフォーミュラEの姿勢は評価されるべきだ。
しかし、それが単なるグリーンウォッシュに終わらないためには、今後は詳細なエネルギーデータの開示など、さらなる透明性の確保が不可欠となる。未来のモータースポーツが真の意味で持続可能である証明を、これからも問い続けられることになるだろう。
文・インタビュー=堀越あす香
写真=矢野巧






コメント(0)
コメントを残す