戦火の影に揺れる世界選手権。「可能な限り安全な場所に」中東交戦開始時、「最前線」のドライバーらは。

戦火の影に揺れる世界選手権。「可能な限り安全な場所に」中東交戦開始時、「最前線」のドライバーらは。

 世界選手権にとって切っても切り離せないのは世界情勢だ。2026年2月28日のアメリカ合衆国によるイラン・イスラム共和国攻撃を機に、世界のエネルギー産業とインフラは変化し始めている。「ジェッダE-Prix」の熱狂からわずか2週間、さらに翌週にF1開幕を控えたタイミングでの有事は、世界選手権をはじめとするモータースポーツ界を混乱に陥れた。


 湾岸諸国での交戦開始時、マクラーレンF1チームのリザーブ・開発ドライバーも務めるニック・デ・フリース(マヒンドラ・レーシング)は、F1テストのためバーレーンに滞在していた。

 首都マナーマが攻撃を受ける中、マクラーレンからの手厚いサポートのもとバーレーンで数日を過ごしたというデ・フリースは、「安全な場所で滞在することができました。もっとも、可能な限り安全な場所に、ですが。」「困難に直面している人々を思うと言葉がありません。」と、当時の状況と被災地への同情を口にした。
 数日後、マクラーレンチームとともにチャーター便でヨーロッパへ戻り、F1開幕戦にむけメルボルンへと向かったという。

 一方、当時をドバイの自宅で家族と過ごしていたオリバー・ローランド(日産フォーミュラEチーム)は、アラブ首長国連邦(UAE)による安全確保を高く評価した。ローランドは「被害は極めて軽微なものでした。居住者の安全を守り抜いた政府の仕事は見事で、本当に感謝しています。」と述べる。
 その後はデ・フリースと同様にメルボルンへ向かい、自身がメンターを務めるF1ドライバーのアービッド・リンドブラッドを支えた。F1開幕戦を過ごすと、一度ドバイの自宅に戻ったローランドは、「もう比較的落ち着いていました。」と振り返る。1日の滞在ののち、日産のファクトリーがあるパリへ移動し、マドリッドE-Prixに向けた準備を行ったという。

 同様にドバイに拠点を構えるジャン=エリック・ベルニュ(シトロエン・レーシング)も空域制限の影響を回避し、パリの自宅へ戻ったというが、空の交通の要である中東情勢の悪化は、フォーミュラEにも大きな打撃を与えている。


 来シーズンのジェッダE-Prixの開催可否や、エネルギー産業の変転に伴うロジスティクスの混乱は、世界選手権の根幹を揺るがしかねない。再び「平和」を取り戻すことが、今最も強く望まれている。

(文・写真=矢野 巧)

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