
ローラ・ヤマハ・ABTフォーミュラEチームの副代表を務めていたフレッド・エスピノス氏が、ABTからの離脱を自身のソーシャルメディアで明らかにした。同時に、2026/27シーズン以降のローラ・ヤマハとの協業にも関与しないことを認め、チームを離れることを明かした。
ローラ・ヤマハ・ABTフォーミュラEチームは、英国のローラがマニュファクチャラー、日本のヤマハ発動機がパワートレインを供給し、ドイツのABTがチーム運営を担う体制で、2024/25シーズンからフォーミュラEに参戦してきた。
ローラは今年1月、ABTとの提携を2025/26シーズン限りで終了することを発表。2026年11月に導入される新型Gen4マシンを前に、チーム運営の一元化を図るとともに、開発拠点を英国・シルバーストーンに集約する方針を示していた。
ABTのクルーの多くはローラへ移籍するとみられていた一方、ABTに所属し、チームの副代表を務めていたエスピノス氏は、ABTだけでなくローラ・ヤマハのプロジェクトからも離れることとなった。

経営学を修了したのちにメディア・マーケティング分野からモータースポーツ界でのキャリアをスタートさせたエスピノス氏は、2014年に国際自動車連盟(FIA)のフォーミュラE・チャンピオンシップマネージャーに就任。その後、2018年からフォーミュラE・ホールディングスでスポーティングダイレクターを務めた。
2022年には、当時ABTクプラ・フォーミュラEとして参戦していたABTにスポーティングダイレクターとして加入。レースチームの運営経験を持たないエスピノス氏を迎え入れた当時の決断について、自身のLinkedInでは「ABTは、レースチームを運営した経験が一度もなかったFIAとフォーミュラE出身のフランス人を採用しました。今でも、少しばかりクレイジーな決断だったと思っています。でも、そう決断してくれたことを本当に嬉しく思っています」と振り返った。
2024年9月にローラ・ヤマハ・ABTへと体制が移行するとチームマネージャーに昇進し、2025年11月には副代表に就任。チーム代表はローラ所属のマーク・プレストン氏が務めていたが、プレストン氏はローラの世界耐久選手権(WEC)プログラムや同社の代表業務にも携わっていたため、フォーミュラEのプログラム運営や現場での指揮・監督をエスピノス氏が担う場面も多かった。
今年7月の上海E-Prixでは、ルーカス・ディ・グラッシがローラ・ヤマハ・ABTに初勝利をもたらした際、エスピノス氏が優勝チーム代表として表彰台に登壇している。
今回の退任に際し、エスピノス氏はABTと過ごした4年間を振り返り、シーズン9におけるベルリンでのフロントロー独占や、ローラ・ヤマハ・ABTとしての初表彰台、そして上海での初優勝など、チームが残した成果を挙げた。
一方で、「もし明日『ABTで何を得たのか』と聞かれたら、そのどれでもないと思います」とし、最も大きな財産はチームの仲間だったと強調した。
「ドイツ人、イギリス人、日本人、そしてほかにも6名ほどの国籍のメンバー。スイスに暮らすフランス人が率いるチームです。見た目は最悪の組み合わせに見えるかもしれません。ですが実際には、これまで一緒に仕事をしてきた中で最高の仲間たちでした。何もかもうまくいかないときでもプロフェッショナルであり続け、最後のチェッカーフラッグまで戦い続け、そしてその後には一緒に笑う。どんな結果が残ろうとも、僕が最も誇りに思っているのは、この仲間たちです」
最後に、「ABTでの章は終わります。でも、友情まで終わるわけではありません」と残した。
エスピノス氏は自身の次のキャリアについて、現時点では具体的な移籍先を明らかにしていないものの、フォーミュラEチームにおいて現在と同級の役職に就くとみられている。
ABTとの提携を終え、Gen4時代に向けて新たな体制を構築するローラ・ヤマハにとって、チーム運営を支えてきたエスピノス氏の離脱は、チームの人的体制にも大きな変化をもたらすことになりそうだ。
(文・写真=矢野 巧)






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