
いよいよフォーミュラEの新シーズンが開幕する。11年目となる2024/2025シーズンは久しぶりに年内開幕が復活。2024年の12月7日に、ブラジルのサンパウロにて開幕戦が行われる。ここでは、その新シーズンに向けた見どころを紹介しよう。

新マシン、Gen3 “Evo”の導入

なんと言っても特筆すべきは新型マシンの導入だ。シーズン9と10は”Gen3″で行われたが、シーズン11からは”Gen3 Evo”が導入される。
Gen3 Evoでは、それまでのGen3をベースとしつつもパフォーマンスや持続可能性、エネルギー効率においてさらに高い基準で改良が施されている。
特に加速性能の進歩は凄まじく、0-100km/h加速にかかる時間はなんと1.86秒。これはF1の0-100km/h加速をも上回る数値であり、FIA管轄のレースカテゴリーにおいて使用されるシングルシーターマシンで、最速の加速を誇るマシンとなった。これには後述する”4WD解禁”が大きく貢献している。
またモーター自体も大幅な改良な施された。その効率は内燃エンジンの一般的なエネルギー効率である40%を大幅に上回り、実に90%以上を発揮。回生面では、Gen3時代は必要なエネルギーの約40%を回生エネルギーで賄っていたが、Gen3 Evoでは約50%を回生エネルギーで賄うことになる。
車体にも変更が加えられており、ボディキットにはリサイクルされたカーボンファイバーやリネンなどの天然素材を使用。またシーズン10までフロントウイングがすぐに脱落する事によるクラッシュも発生した為、フロントウイングなどはより堅牢なものに変更となった。これにより更なる接近戦が可能になるという。
4輪駆動解禁

そして更なる大きなトピックが、一部シーンで遂に”4輪駆動化”が解禁された事だ。
フォーミュラEではシーズン9の”Gen3″から、リアだけではなくフロントにもパワートレインが搭載される事になった。なおリアMGUはチームが独自に開発出来るが、フロントMGUは共通パーツとなっている。Gen3とGen3 Evoでは、米国の電気自動車メーカー「Lucid Motors」が全チームにハードウェアを提供している。チームはその制御を、自分達で行わなければならない。なおGen4からはスーパーGTなどでもお馴染みな”マレリ”がフロントパワートレインを供給する予定だ。
理論上はGen3の初期から4WDは可能であったが、シーズン9と10はブレーキング時の”回生”でのみ使用されており、駆動に関与する事はなかった。
しかしそれも過去の話になる。Gen3 Evoでは一部シーンで4WDの使用が許可され、遂に4WDのフォーミュラカーが誕生する事になるのだ。
一部シーンというのは、「スタート」、「デュエルス」、「アタックモード」であり、特にスタートで4WDが導入される事で先述の”0-100km/h加速1.86秒”という凄まじい加速が実現される事になる。
そしてアタックモードにおいても4WDの使用が許可され、これまでよりも更にアタックモードの重要度が増すことになる。そして何より、リア駆動と4輪駆動時のマシンの挙動は全く違う事から、ドライバーはそれに随時対処しなければならなくなる。またこの4輪駆動走行時のパワー配分は、ドライバーが自由に調節可能であるという。これらは間違いなく、今シーズンの勢力図変化に影響を及ぼすであろう。
新タイヤ導入

今シーズンからはハンコックが供給するタイヤも新しいものが導入される。シーズン9から10にかけて、ハンコックが供給したタイヤは「とにかく硬い事で」知られていた。なおハンコックを擁護するならば、ハンコックの技術力の問題ではなく、フォーミュラE側の要件に沿った結果硬いタイヤになってしまったのだ。これはGen2からGen3にかけて大幅にパワーアップした事で、フォーミュラE側がタイヤの耐久性に関して非常に保守的になったことが挙げられる。

ルーカス・ディ・グラッシはその硬さを「1セットだけでシーズン全てのレースを走り切れるレベル」だと過去に表現していた。
事実、セッション後のタイヤを見ても全く痛んでおらず、またグリップ力が非常に低かったことでアタックモードも全く活かすことが出来なかった。
Gen3 Evo導入に合わせて、ハンコックはタイヤを一新。コンパウンドも変更され、特にタイヤのサイドウォールに使用されるものが1種類へと変更された。コンパウンドの変更によりグリップ5~10%と大幅に向上。また35%はリサイクルされた持続可能な素材から製造され、これはGen3仕様と比較して9%増となった。
その代わり、当然タイヤの耐久性は低下。先日のハラマのプレシーズンテストでは2〜3周終了後からタイヤの劣化が見られ、よりレーシングタイヤ寄りになったといえる。
ハラマはタイヤへの入力が激しいこと、また市街地レースでのデータは無いことから一概には言えないものの、これはフォーミュラEにタイヤマネジメントの要素が追加された事も意味する。
フォーミュラEでは使用できるタイヤセット数が厳しく制限されており、シングルヘッダーのレースでは2セットのみ、ダブルヘッダーのレースにおいては3セットのみしか許可されない。
タイヤの”美味しいところ”を最大限活用する為に、シーズン11では30分から40分に拡大されたフリー走行セッションを、あまり走らないという選択を取るチームも出てくるだろう。また良い状態のタイヤを予選で使うか、レースで使うかもチームによって分かれる事になる。
また今シーズンから”タイヤパルクフェルメ”ルールも導入され、FIAが全チームのタイヤを管理する事になる。チームは各セッションの45分前に、タイヤへアクセス出来る事になる。
パワートレイン開発解禁

勘違いしている人も多いが、フォーミュラEはマルチメイクである。車体やバッテリーこそ共通であるが、マシンのMGU(モーター)、インバーター、トランスミッション、リアサスペンションはメーカー毎に独自開発が可能だ。更にそれを制御するソフトウェアも、メーカーに委ねられる事になる。
現在そのハードウェアの部分に関しては、2年のホモロゲーション期間が定められており、認証後はソフトウェアのアップデートしか出来ない事になる。
そしてシーズン11は丁度ホモロゲーション期間が再び始まるタイミング。要するに、シーズン9とシーズン10を経て、シーズン11に向けハードウェアに関してアップデートが出来るという事だ。
一度ハードウェアを認証すると2年は固定である為、各メーカーとも開発に余念がない。
昨年ドライバーズチャンピオン獲得に貢献したポルシェこそは正常進化版というが、タイトル獲得に燃えるジャガーはパワートレインを一新のほか、リアサスペンションも新規設計。また日産もギアボックスをはじめとして部品を新規設計している。
新しいパワートレインが導入される事で、フォーミュラEの勢力図は確実に変化するだろう。
新メーカーに新チーム

シーズン11には新しいパワートレインマニュファクチャラーと新チームが登場する。
何と言っても大きなトピックは”ヤマハ発動機”の登場だろう。
今シーズン、英国の著名レーシングカーコンストラクターである”ローラ”が本格的に復活。フォーミュラEへ参入する事になり、日本のヤマハ発動機はそのローラと組み、”ローラ・ヤマハ”としてフォーミュラE用パワートレインを開発する事になった。ローラ・ヤマハは、シーズン11でのプレシーズンテストにて行われた「女性テスト」にて、日本の小山美姫を乗せた事でも有名であろう。
なおそのローラのモータースポーツ責任者は、かつてスーパーアグリF1やチーム・アグリフォーミュラEで共同オーナーを務め、テチーターのチーム代表も務めたあのマーク・プレストンである。
2輪事業でお馴染みのヤマハ発動機だが、実は4輪用電動パワートレインにも力を入れている。10月には、イギリスのスポーツカーメーカーである「ケータハム」が開発中のEVスポーツカー、”プロジェクトV”にヤマハ製のeアクスルを搭載するほか、パートナーとして参画する事を発表している。

ローラ・ヤマハがパワートレインを供給するチームはドイツのTeam ABT(アプト)。
シーズン3ではルーカス・ディ・グラッシのドライブでドライバーズチャンピオンを獲得したほか、シーズン4ではアウディワークスチームとしてチームチャンピオンを獲得している超名門だ。

その後シーズン7限りでアウディが撤退。1年間フォーミュラEでの活動は休止したものの、シーズン9から単独チーム、「アプト・クプラ」としてフォーミュラEへ復帰。しかし搭載していたマヒンドラ製パワートレインの戦闘力不足に悩まされていた。それでもシーズン9のベルリンでは、大荒れとなった雨の予選で1-2を獲得するなどチーム力は現在だ。
シーズン11からはローラ・ヤマハ製のパワートレインを搭載。またチームのオーナーシップをローラが取得し、チーム国籍もドイツからイギリスに変更となった。ローラ・ヤマハ製のパワートレインはシーズン11からの参戦で、他メーカーよりGen3での経験が2年少ない。その事から、ローラ自身もディグラッシも序盤は苦戦する事を予想している。ローラ・ヤマハ・ABTがどのような走りを見せるか注目したい。
そして新チームも誕生した。「KIRO RACE CO.(キロ・レース・カンパニー)」である。
正確には完全新規チームではなく、これは昨年までのERTフォーミュラEチームである。その前はNIO333レーシング、NIO、NEXT EV TCR、チャイナレーシングなどとして知られていた。
NIO333レーシングからシーズン10で名前を変えたERTフォーミュラEチームであったが、資金難に苦しんでいた。2024年9月にアメリカのロサンゼルスを拠点とする投資会社、「フォレスト・ロード・カンパニー」がチームを買収。名前が「KIRO RACE CO.」に変更されたほか、オーナーシップの変更によりチーム国籍は中国からアメリカ国籍に変更となった。
チームの中身自体はERTフォーミュラEから変わっていない。代表はアレックス・フイのままであり、チームの拠点は引き続きイギリスのシルバーストーンに置かれる。なおチームのマネージングパートナーには、フォレストロードの共同創設者であるデビッド・カプランが就任した。

またチームのタイトルスポンサーには、ABTを離れた「クプラ」が就任。クプラは自動車メーカー”セアト”のスポーツブランドであり、フォルクスワーゲングループの一員だ。今後2年間はクプラがタイトルスポンサーを務める事も発表され、チーム名も「CUPRA KIRO」となった。
CUPRA KIROにおける最大トピックの1つは、ポルシェとの技術提携だろう。
NIO時代から、このチームは自前のパワートレインを使用していた事で知られている。シーズン11においても、シーズン10で使用したHeilx製パワートレインの新型を使用する予定であった。しかし、シーズン11用パワートレインの実走行が叶わずベンチテストのみに留まっている事から断念。
そこでポルシェがシーズン10にて使用していた型落ちのパワートレインを使用してレースを走る事が決定した。なおパワートレイン名は、ポルシェワークスやアンドレッティが「Porsche 99X electric」という名前である事から、Kiroが使用する型落ちパワートレインは「Porsche 99X electric WCG3」と名前を変えて参戦する。昨年までのパワートレインに、4輪駆動システムなど共通パーツのみをアップデートする形だ。
そしてドライバーラインナップも、ポルシェの手が大きく加わる事になる。
新たなドライバーに大荒れの移籍市場

シーズン11に向けて大荒れだったのがドライバー市場だ。シーズン10からシーズン11に向け、かつて無いほどドライバーシャッフルが行われた。
アンドレッティはジェイク・デニスこそ残留だが、チームメイトはノーマン・ナトーに代わりポルシェとファクトリー契約を締結したニコ・ミュラーがABTから移籍。アンドレッティがポルシェパワートレインを使っている事もあり、その繋がりでの移籍だ。ジェイク・デニスはこれまでチームメイトに負けたシーズンが無い事で有名だが、ニコ・ミュラー相手にそれを継続できるか注目される。
ERTフォーミュラEチーム改め、CUPRA KIROでもポルシェの関与が入った。ダン・ティクタムはシーズン10に引き続き33号車をドライブする事になるが、そのチームメイトにはセルジオ・セッテ・カマラに代わりデビッド・ベックマンが加入。デビッド・ベッカムでは無い。

ベックマンは過去数シーズンに渡り、ポルシェのリザーブドライバーを務めており、アンドレッティからレースへ代役参戦した経験もある。ポルシェと技術提携した事、またオーディションとして乗ったシーズン11のプレシーズンテストにて好成績を残した事から、晴れてCUPRA KIROのレギュラードライバーへと昇格した。
なお追われる形となったセッテ・カマラは、日産のリザーブドライバーへ就任した。
DSペンスキーはジャン=エリック・ヴェルニュが残留し、チームメイトにはマセラティMSGレーシングからマキシミリアン・ギュンターが移籍した。
ギュンターを失ったマセラティMSGレーシングはドライバーラインナップを一新。DSペンスキーからストフェル・バンドーン、NEOMマクラーレンからはジェイク・ヒューズがそれぞれ移籍する事になった。ユアン・ダルバラは1シーズンでマセラティを離脱となった。
バンドーンとギュンターは同じステランティス同士チームでの移籍である事から、事実上のトレード移籍と言えよう。デビューシーズンから一貫して力強い走りを見せたヒューズと、チャンピオン経験者であるバンドーンが加入したマセラティからも目が離せない。
ローラ・ヤマハ・ABTはルーカス・ディ・グラッシが残留。そしてニコ・ミュラーの後任としてバルバドス出身の若手、ゼイン・マローニがフォーミュラEデビューを果たす。

マローニは2024年シーズン、FIA F2にロダン・モータースポーツから参戦。宮田莉朋のチームメイトであった。マローニはザウバー・アカデミードライバーとしてF2に参戦しており、2024シーズンは開幕戦のバーレーンにてスプリント・フィーチャーレース共に優勝するなどの実力を持つ。なおFIA F2の最終戦とフォーミュラE開幕戦が日程衝突した事から、F2を途中離脱してのフォーミュラE参戦となる。
FIA F2からフォーミュラEに参入するドライバーはもう1人居る。NEOMマクラーレンフォーミュラEチーム、サム・バードが継続。離脱したヒューズの後任として、リザーブドライバーでもあったテイラー・バーナードがフルタイムドライバーに昇格した。バーナードはシーズン10、骨折したバードの代役としてレースへ3戦出場。2戦目で早くも入賞するなど実力を見せていた。

バーナードは2024年シーズン、AIXレーシングからFIA F2へ参戦していたが、フォーミュラE参戦が発表された直後、モンツァ戦の前にチームを離脱した。

日産フォーミュラEチームはオリバー・ローランドが残留し、サッシャ・フェネストラズの代わりにアンドレッティからノーマン・ナトーが移籍。2シーズンぶりに日産へ復帰する事になった。またナトーはビアンキのトリビュートとしてゼッケン番号17番を使う関係もあり、オリバー・ローランドがエース番号である23番をつける事になった。
ドライバーラインナップが2人とも変更無いチームは、ジャガー、エンビジョン、マヒンドラ、ポルシェの4チームのみである。
レース中の急速充電が遂に導入

導入するする詐欺もいよいよ終わりの時を迎える。フォーミュラEはシーズン11にて、遂にレース中の急速充電を導入する。
「アタック・チャージ」と呼ばれていたこのシステムは「ピット・ブースト」と名前を変え、12月のモータースポーツ評議会で正式に導入が認められれ予定だ。
この「ピット・ブースト」では、レース中ドライバー全員に約30秒間のピットストップが義務付けられる。バッテリー残量60%〜40%の間が「ピットウィンドウ」となり、その間にドライバーはピットイン。基本的にレースで使用許可されるエネルギー量の10%に相当する、”3.85kWh”を600kWの超高出力とも言える充電器でチャージする事になる。なおテスラのスーパーチャージャーの出力は275kWであり、この600kWという高出力は、まだ市販車の世界では実現していない。
なおこのピット・ブーストでは、同一ラップで同じチームが2台ともピットインさせることは許可されていない。またそのスペースも無いと思われている。マシン毎に戦略を分ける必要があり、これもレースを掻き乱す要素の1つになるかもしれない。
以前アタック・チャージという名前だった頃は、急速充電を行わなければアタックモードを使えない予定であったが、これは撤廃。充電の有無関係なくアタックモードが使用できる事になった。
またこのピット・ブーストであるが、戦略に幅を持たせる意味からダブルヘッダーのレースでのみ導入される。
最初の導入は2月にサウジアラビアで行われるジェッダE-Prixが予定されている。その後モナコ、東京、上海、ベルリン、ロンドンで導入される予定だ。日本でもピット・ブーストが見れる予定であり、日本のファンとしても心待ちにしたい。
いよいよ12月7日に迫ったフォーミュラE開幕戦サンパウロE-Prix、レース展開から目が離せない。シーズン11も、Jスポーツにて放映される予定だ
開幕戦スケジュールは以下の通りだ(全て日本時間)
フリー走行 1 (フォーミュラE公式YouTube)
12月7日 5:00〜05:40
フリー走行 2 (フォーミュラE公式YouTube)
12月7日 19:30〜20:10
予選 (Jスポーツ3/オンデマンド)
12月7日 21:40〜23:03
決勝 (Jスポーツ3 / オンデマンド)
12月8日 2:05〜3:00
フォーミュラE シーズン11 エントリーリスト
ジャガー | ミッチ・エバンス | ニック・キャシディ |
ポルシェ | アントニオ・フェリックス・ダ・コスタ | パスカル・ヴェアライン |
DSペンスキー | マキシミリアン・ギュンター | ジャン=エリック・ベルニュ |
日産 | オリバー・ローランド | ノーマン・ナトー |
アンドレッティ | ジェイク・デニス | ニコ・ミュラー |
Envision | ロビン・フラインス | セバスチャン・ブエミ |
マクラーレン | サム・バード | テイラー・バーナード |
マセラティMSG | ストフェル・バンドーン | ジェイク・ヒューズ |
ローラ・ヤマハABT | ルーカス・ディ・グラッシ | ゼイン・マローニ |
マヒンドラ | ニック・デ・フリース | エドアルド・モルタラ |
CUPRA KIRO | ダン・ティクタム | デビッド・ベックマン |
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