
2月のジェッダE-Prix、3月のマドリッドE-Prixでアントニオ・フィリックス・ダ・コスタとともに2連勝を飾ったジャガー・TCS・レーシングの汐満一登エンジニア。
F1のレッドブルやメルセデスで常勝のDNAを吸収し、フォーミュラE転身後、ストフェル・バンドーンとともにチャンピオンに輝いた汐満氏。今季からダ・コスタのレースエンジニアとして現場の指揮を執る彼は、見事な戦略とマシン構築で2連勝、そしてドライバーズランキング4位へと押し上げた。
世界最高峰のエンジニアリングの視点から見た「勝てるマシンの条件」とは。連勝の興奮冷めやらぬ中、汐満氏にその核心を聞いた。

フォーミュラEにおけるエンジニアの仕事とは。
私はドライバーとチームを繋ぐ重要な窓口という役割を担っています。通常、走行プラン、セットアップ、そしてドライビングスキルの面でのパフォーマンスを管理しています。
また、アントニオ(・フィリックス・ダ・コスタ)のフィジオ(理学療法士)であるジュリアンや、メカニックも含めた(13号車の)クルー全体のパフォーマンスを管理しようと努めています。 レース週末前には、シミュレーターを使ってセットアップの最適化、レースシミュレーション、そしてオーバーテイクの練習などを行います。トラック上で遭遇する可能性のある様々なシナリオを想定するんです。これを、ドライバーが『レースに挑む準備ができた』と感じるまで、難易度に応じて1日か2日ほど行います。 その後、データを精査し、シミュレーターで学んだことを復習します。

そしてサーキットに到着すると、ふたたびこれまでの作業を振り返り、前回の作業以降に見つかった新しい知見を確認します。それからトラックウォークを行いますが、実際にコースを自分の目で見るのはいつも良いことです。 例えばここのように、非常にアップダウンが激しく、アンジュレーション(うねり・起伏)が多いコースなどでは、シミュレーターでは完全には把握しきれないこともありますからね。
ハラマ・サーキットは距離が長く良いトラックウォークでした。(筆者や同席したジャガーの同僚ににむけて)良い散歩コースでしたよね?
そこで、シミュレーターとの相関性を確認します。現実のコースはシミュレーターよりも滑らかだったり、逆に荒れていたりします。シミュレーターには存在しない縁石や壁があることもあるので、そのデータをファクトリーに送って相関を見ます。
そしてまた、ここで共通のテーマが出てきます。週末を通して、私たちは常に自分たちの考えを整理し直すんです。何を予期し、実際に何が起きているのか。この絶え間ないフィードバックループを繰り返します。 まさに洗練のプロセスです。例えば、すべてを知り尽くしているつもりでシェイクダウンに臨んでも、走り出した途端にドライバーから「車がひどい(rubbish)」と言われる。その場合、クルー全員で走り回って車を修正しなければなりません。そして最終的に、正しい場所に辿り着くのです。
車の準備には膨大な労力がかかります。ファクトリーと連絡を取り合い、データを送り、実際に見たものに基づいて再調整します。ドライバーのフィードバックを聞き、どうやって車を安定させ、より鋭いハンドリングにし、より曲がるようにするか。低速、中速、高速の異なる速度域や、車の異なる領域を最適化していきます。
「エンジニアの介入が勝敗を左右する」FEの魅力。
私は2013年からF1(レッドブル)に在籍していました。その後、メルセデスHPPやトロ・ロッソなどいくつかのチームで8年間働いてから、フォーミュラEに移りました。ですから、両方の経験を持っています。
F1の場合、80〜90%が空力とメカニカルな要素で決まると言えるでしょう。一方でフォーミュラEは、少なくとも半分は「システム」で決まります。 つまり、制御を司る組み込みソフトウェアや車の安定性・回頭性を助ける様々なシステムを、どう制御するかが鍵となります。 F1や他のシングルシーターは、挙動においてより剥き出しで「生」の状態であると言えますが、フォーミュラEの車はより高度にコンピューター化されています。エンジニアが車の挙動に対して介入できる余地がずっと大きいのです。これは私たちの仕事の出来次第でプラスにもマイナスにも働きますが、エンジニアにとっては非常にやりがいのあるシリーズであり、それが私にとってのフォーミュラEの魅力でもあります。
「ついに証明できた」速さと2連勝。
ジェッダとマドリッドのレースにどうやって勝ったか、というと難しいですが、もちろんどのレースも勝つつもりで臨んでいます。上手くいく時もあれば、そうでない時もありますが、今回は完璧でした。私たちには非常に優れた戦略チーム、システムアナリスト、そしてコマーシャルチームがいます。全員がそれぞれの役割を果たし、それが噛み合った時に良い結果が生まれます。

今シーズンの最初の2、3戦は決して遅くはなかったものの、ルーキーに追突されるといった不運な出来事が重なり、結果を残せず非常にフラストレーションが溜まりました。しかし、それでも私たちは自分たちのプロセスを信じ、やり続けました。そしてついに結果がついてきた。それは素晴らしい報酬であり、これまでやってきたことの正当性が証明されたようで、肩の荷が下りる思いでした。
アントニオとは新しい関係なので、最初の数戦は彼がどう車を走らせたいのかをまだ探っている状態でした。もちろんシミュレーターで準備はできますが、本物のトラックはまったくの別物です。シミュレーターではどのラップも同じ条件ですが、実際のトラックでは1周ごとにタイヤの摩耗も温度も変わり、風も変わります。すべてが変化する中でそれらを管理するのは非常に困難ですが、共に仕事をするごとに改善されています。
「バランス」は勝敗を分ける。データと予測が織りなす緻密な戦略。
どのレースも、レース展開がどうなるかという非常に明確なイメージを持って臨みます。ハイペースになるのか、スローペースになるのか、集団でのレースになるのか、あるいは全開レースになるのか。 マドリッドE-Prixではその中間を予想していました。エネルギー管理が重要になることは分かっていましたが、ペースが速ければ追い越しが難しくなることも分かっていました。 実際のところ、私たちの予測よりもわずかにペースが遅く、予測よりも追い越しが少し容易な展開でした。それでも、私たちが想定していた範囲内でしたね。
チームの2台のマシンのセットアップをレースに向けて非常に上手く仕上げることができ、それがエネルギー消費の面でも助けになりました。例えばフェリペ・ドルゴビッチ(アンドレッティ)などは、かなり早い段階でアタックモードを仕掛けましたが、エネルギーを使いすぎて最後は失速してしまいました。それは彼のマシンのバランスがあまり良くなかったからでもあるでしょう。そのように、このチャンピオンシップではバランスが極めて重要です。もしアンダーステアが強い車だと、エネルギーを大幅にロスしてしまうのです。
■FEnaviメモ:ドルゴビッチは最初にアタックモードを使用したドライバーが、その狙いは「前半にオーバーテイクしクリーンエアの状況を作るため」と説明。一方で、ジャガー陣営はアタックモード・ピットブーストどちらもレース後半まで温存した。
「キャリアのハイライト」ジェッダで初の表彰台登壇。

(第5戦・ジェッダE-Prixで)表彰台に登れたのは本当に最高でした。正直、少し驚きましたね。もちろん勝てると確信していたわけではありませんし、自分が表彰台に登壇するチーム代表者に選ばれるとも思っていませんでした。チームにはもっと経験豊富な先輩たちがたくさんいますし、チームが私をあそこに登壇させてくれたのは、本当に素晴らしい粋な計らいでした。あの特別な瞬間をみんなで共有できたのは良かったです。本当に特別な瞬間でした。間違いなく、これまでのキャリアの中でもハイライトと言える出来事です。何しろ、表彰台に上がったのは今回が初めてでしたから。
汐満一登(しおみつかずと)
2013年、レッドブル・レーシングのモデリング・シミュレーションエンジニアとしてF1でのキャリアをスタート。シミュレーターの開発・検証およびテレメトリ分析において手腕を発揮する。2016年にはメルセデス・AMG・ハイパフォーマンス・パワートレインズへ移籍し、パワートレインの最適化やファクトリーからのレースサポートを通じて常勝チームの黄金時代を支えた。
2018年からはスクーデリア・トロロッソやアルファタウリにて、2021年までマシンエンジニアとしてパフォーマンス分析に従事。同年、活動の場をフォーミュラEへと移し、メルセデス・EQ・フォーミュラEチームにパフォーマンスエンジニアとして加入。シーズン8ではストフェル・バンドーンと共にワールドチャンピオンの座を勝ち取った。
チームの撤退に伴いジャガー・TCS・レーシングへ移籍し、シニアパフォーマンスエンジニアとしてニック・キャシディと共に数々の勝利を記録。今シーズンからはアントニオ・フィリックス・ダ・コスタのレースエンジニアに就任し、ジェッダE-PrixとマドリッドE-Prixで圧巻の2連勝を達成。現在、チャンピオンシップ4位への躍進を支えるキーマンとして注目を集めている。


(文・写真=矢野 巧)







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